― フォイクトさんの公開状の部分のみの訳です ―
親愛なる自転車ファンへ
現在進行中の無線禁止の議論について、世間ではたくさんの違った見解や意見があるらしい。だから僕は選手の視点で物事をとらえてほしいと感じている。
さまざまな理由で、僕は100パーセント無線の使用に賛成だ。僕の考える最も重要な理由は安全の為で、選手だけでなく観客の安全を守るためにも必要だと思っている。2つの例を紹介しよう。
去年、フランスで行われたU23のレースでは、ある観客がすべての規制を無視して、レースとは逆方向に車でルートに入ってきてしまった。この場合、通常はこんな事が行われる。レースディレクターがレース主催者、UCI、監督の間で使われる公式無線でニュースを伝える。すぐに全ての監督は、起こりうる重大な事故を防ぐために、チームの選手達にメッセージを伝える。だけどそのフランスのレースでは無線が使われてなく、U23のレースでは全ての場合において使うことができない。あなたが監督だとして、ある車が集団に向かって走っていることを知っているとしよう。あなたがチームの選手達の所まで車で走り、警告をするということは許されない。あなたができることは、座って待つことだけだ。そして多分、選手のひとりが車に轢かれれば、彼の両親に何を話すことができるのか考えるだろう。なぜかと言えば、これは実際に起きたことだからだ。若いオランダ人選手が車に轢かれ、彼は3週間昏睡状態にあった。そのレースにいた誰もが、選手達が無線を付けていれば事故は回避できたと同意している。
そこであなたに聞きたい。誰か ― 「レースはもっとスリリングであることを望んでいる」という誰か ― が、病院へ行ってオランダ人選手に会い、泣いている彼の母親に無線禁止に取り組み続ける必要性を説明できるのだろうか?僕はそうは思わない。
もうひとつの例を紹介しよう。これは僕自身の経験によるものだ。2年前、僕はツール・ド・フランスで酷い落車をした。集団から逃げている時のことだ。僕が横たわって出血している間、そこには大きな渋滞が起こり始めていた。何台もの車、医者達、記者達…その他も。少なくとも道の半分は封鎖されていた。そこにはまだ、時速80kmで坂を下ってくる150人の選手達がいることを覚えておいてほしい。幸いなことに、それぞれの監督は選手達に警告することができた。集団から飛び出した、坂を下ってくる選手達が警告なしでコーナーを回ってきて、道の半分を封鎖する車を見てから、集団に戻って他の選手達に知らせるだけの時間があると考えられるだろうか?
あなたに聞きたい。この2つの話、この2つのエピソードだけでは議論を止めさせるのに不十分だろうか?もし、僕が致命的な事故にあったら、あなた達の誰かが、無線禁止は素晴らしいアイディアだと思う誰かが、ベルリンへ行って「それは正しい決定だった。君たちのパパはレースをよりドラマティックにするための重要な戦いにおける、アンラッキーな犠牲者だ」と僕の6人の子供達に説明できるのだろうか?
他にもまだある。僕らのスポーツが前時代的に戻るなら、僕らはどうやってスポンサーを得ればいいのか、誰か僕に説明できるだろうか?ある逸話がある。2年前、アンディはゴールラインの5km手前でパンクをした。幸い僕らは無線を持ってたし、ビャルヌ・リースにそれを知らせたから、彼はすぐさまアンディの新しいホイールを持ってくることができた。その上、チームはアンディを待って、僕らはなんとか彼を集団に戻し、アンディの新人賞と総合2位の座を守ることができた。アンディ、チームのみんな、ビャルヌ、そして更にはスポンサー、みんなが幸せだった。さて、ここで同じ話をさせてほしいが、今度は無線がない場合の話だ。アンディがパンクし、ひとりの選手だけがそれを見たとする。付近にいる観客のせいでそこはとてもうるさい。他のチームの選手達はゴールを目指し、アンディはオフィシャルにパンクしたことを伝える為に手を挙げる。他のチームはアンディがそこにいないことに気づき、われ先にと走り始めるだろう。ひとたびアンディが新しいホイールを受け取ったら、彼を集団に戻すためにひとりの選手がそこにいるだけだ。アンディは新人賞と総合2位の座を失い、総合9位でレースを終え、ビャルヌは不満を抱き、そして僕らのスポンサーもだ。最終的にはスポンサー契約を解除されるかもしれない。そうしたら、それはチームの終わりだ。無線禁止のおかげで。もちろん、これは誇張した話だが、僕は要点を知ってもらいたいんだ。
もうひとつの都市伝説は、集団から逃げるには無線なしの方がよりチャンスがあるということ ― そんなナンセンスな話は聞いたことがない。僕は両方について話せる幸運な立場にいる。僕はしばしば集団から逃げるし、そんな時、僕は無線を持っていたかった。チームカーからのサポートも受けられるし、いくつかの励ましの言葉や、追走集団には何人の選手がいるのかという正確な情報も得ることもできるから、集団のアクションの後、僕は自分の作戦を練ることができる。もし僕が、強くて、調子が良くて、死に物狂いに苦しんで、一生懸命動いたから、逃げを成功させて勝ったのだとしたら、無線のおかげで僕がより速く走れたんだと、誰が考えるのだろうか?
僕が知る限り、どのワールドツアーチームもライセンスの為に1年につき凡そ15万ユーロを支払っている。18チームでどのくらいになるか、好きに計算してみてほしい。その総額の為にも、人はチームや選手達を幸せにすることに関心があると推測する。
全ての「近頃のファン達」「伝統のファン達」へ ― あなた達はみんな何を言ってるんだい?本当にジャック・アンクティルの時代に戻ってほしいのかい?その頃のツール・ド・フランスは、フランスそして多分ベルギーとイタリアの選手達が出場する、小さなレースだった。そこには25人くらいのジャーナリストがいただろう。それぞれの発行物は、実際の発行部数以上の費用がかかっていた。それは望まれたことだろうか?なぜなら僕には、そうすることが伝統だと思っているんじゃないかと感じているんだ。
無線禁止を支持するジャーナリスト達へ ― 何言ってるんだい?どうして、あえて僕らの労働条件に影響を与えようとするんだい?僕ら選手達は、あなた達がどういう風に仕事すべきかってコツを教えたことがあるか?僕らは携帯電話やノートPCの禁止を推し進めたことがあるか?僕らはあなた達の命を「もっと面白く、自発的に」と求めたことがあるか?
最後に、無線禁止に同意するレースの主催者たちへ ― 何言ってるんだい?僕はステージの間、あなた達に携帯電話を使うなと言ったかい?僕はそんなことは言わない。それなのに、何の権利があって僕のコミュニケーションの手段を奪うんだい?だが、もしあなた達がよりドラマティックなレースに興味があるなら、僕にはいくつかの考えがある。ばかげた、長いだけのステージは止めてほしい。3〜4日間ある高山のステージで僕らを苦しませないでほしい。そして、退屈で、とても長い、平坦なステージばかりの1週間を止めてほしい。なぜ、いくつかの周回ステージを考えないのだろう。ファン達は何度も僕らを見られるし、テレビクルーは費用もかからず、気楽に中継ができる。そして、無線がなくても安全にレースをすることができる。
F-1のように、誰にでも無線のコミュニケーションを解放するのはどうだろう?それは人々を引きつけ、このスポーツが現代的でグローバルであることを示すことができる。自転車界の誰も ― ファン達、主催者達、スポンサー達、選手達、UCIそしてメディア ― が、この機会に僕らがもう少し深刻な問題に向きあうことに賛成するだろう。そして、話し合って、自分たちの問題の解決策を見つけよう。
Jens Voigt
Leopard-Trek
僕は結局、スペインのマヨルカ島で行われていたチームのトレーニングキャンプに参加することができた。トレーニングキャンプの期間はずっとベルリンにある地元の産科医院で過ごすかもしれなかったから、今年は参加できないと思っていたんだ。
妻は僕らの6人目の子供となる、ヘレン-マリーという可愛い女の子を産んだ。僕の父親としての愛はもちろん彼女のものだ。僕がどうありたいかなんて考える余地もないよ。それが最初の子だろうと6人目の子だろうと、(エヘン。)いつだって特別で、それが月並みなことだとは決して思わないだろう。例えば、僕らの最後の子は本当に大変だった。妻は帝王切開しなければならなかったし、産まれたばかりの娘は3週間病院にとどまらなければならなかった。今回、妻は自然分娩で産むことができたから安心したけど、僕の涙は止まらなかった。子供の誕生は僕が常に泣いてしまう、人生の中でただひとつの瞬間だ。僕はレースで勝ちたくて泣くことはない。だけど、それぞれの子供たちが僕らの元へ産まれてきた時、僕は泣き崩れてしまうんだ。
でもそれは、僕の中の「サイクリスト」を止めてしまったってことじゃない。ベルリンは休みの間中、ずっとひどい天気 ― たくさんの凍えそうな雨とか ― で、一貫したトレーニングをすることは難しかった。僕のチームメイトは日光が降り注ぐ場所でトレーニングをしているのに、僕は毎日家の中で座って言ってたよ、「くそっ!今日も何もできない!チームメイトはトレーニングに励んでいるのに…僕は何も…」って。
マヨルカ島に着いた日は、一週間以上見ていなかった太陽を見たよ。チームプレゼンテーションには出席できなかったけど、僕が本当に必要としていたもの ― トレーニングには間に合うことができた。僕は楽な生活をするつもりはない。よく言うように、「コンディションを最高にするため」にキャンプに行くことはいつだって優れた方法だ。キャンプで十分にフィットネスするということは、いい状態を保てるということよりも、徹底的にトレーニングしてしまうことを防いでくれるってことなんだ。もしキャンプに参加しなかったら、それらの落とし穴に落ちいることは危険なサイクルになり得るし、僕はシーズン半ばでコンディションを探すはめになった選手たちを見たことがある。
僕は既にのめり込んでいるよ。だけど明日、僕は新しいバイク、新しいキット、新しいヘルメットとシューズ ― そしてチームメイトとの重要な5時間のライドを得る。僕が希望を投げかけるドイツ人が言うんだ。「火よりも熱く、鉄よりも固く」って。
少なくとも「鉄」については本当だ。僕はプロとして15回目のシーズンをスタートした。僕は39歳で、じきに40歳になる。今年がプロとして最後のシーズンになるかもしれないから、僕は特別な位置にいるといえる。僕にはまだチームメイトのフランク、アンディと一緒に、再びツール・ド・フランスでゴールしたいって希望があるんだ。
このシーズンがどんな結果をもたらそうとも、僕は感謝すると思う。健康にまた一日自転車に乗れることが幸せだと、年齢と共に感じるんだ。2年前のツール・ド・フランスでひどい落車をした後、病院で横たわりながら自分の手を再び動かすことができた時の喜びを決して忘れないだろう。
そして誠実な友人という素晴らしいものがある。誠実さというのは本当に特別なもので、年齢と共にしか本当に理解できない何かだ。人生の一部では友人に失望もするけど、誠実な友人に心から感謝するようになるんだ。
それからもちろん家族がいる。1〜2週間の遠征の後に家のドアを開けた時は格別だ。娘たち ― 僕の場合は3人目、4人目、そして5人目 ― が走り寄って、腕の中に飛び込むんだ。そんな時、こう言うんだ。「よし!僕は生きてる!」
Friday, October 15th, 2010
さようなら、2010年のレーシングシーズン。
さようなら、ヨーロッパ。
さようなら、スペインのアパート。
さようなら、空港たち。
さようなら、カーボローディング。
さようなら、ホテルたち。
さようなら、チームメイトのみんな。そして、僕らが解決してきた全ての深夜の世界の問題。
さようなら、電話つながりのみんな。
さようなら、チームバスのトイレ。
さようなら、ブエルタの時に生やしたヒゲ。
さようなら、農場やそれ以外の動物から提供される肉。
ハロー、僕のファミリー。
ハロー、マウンテンバイク。
ハロー、ハイキング。
ハロー、新しい家。
ハロー、汚れたオムツ。
ハロー、ローラーブレード。
ハロー、ガリ勉くん。
ハロー、近所の人たち。
ハロー、友人たち。
ハロー、菜食主義。
そう、2010年のレーシングシーズンは終りを迎えたんだ。
今はオフシーズンの真っ最中。
素晴らしいシーズンでも、悪いシーズンでも、そんなことはどっちでもいいんだ。
僕は常に、次も良いシーズンが迎えられるようにこの時を過ごすだけさ。
いくつかの大事な変化の時がやってきたんだ。
冬の間ずっと懸命にトレーニングに励むとき、夏に栄光を夢見るとき、そのバックグラウンドにはペダルを漕ぎ続ける活力を与えてくれる音楽が必要だ。このストーリーはキャプテン・ジャック・スパロウが「絶好の瞬間」と表現するチャンスをアーカイブに隠れて待っていたが、私たちがインタビューする人物がグランツールのTTで勝利を納めた後、その「チャンス」は訪れた…。
私が最初にジロ・デ・イタリアTTステージ(2010年 Stage 21)の勝者であるグスタフ・エリック・ラーションにインタビューした時、私たちの会話は盛り上がり、オジー・オズボーン時代のBlack Sabbathと、偉大な故ロニー・ジェイムス・ディオが引き継いだ後のサバスのどちらが素晴らしいか、という議論に突入した。メタル趣味の人物と会っていることは理解していたので、私はトレーニング期間に気持ちを奮い立たせるための「クラシック・ロック TOP10」のリストアップをグスタフに依頼した。彼がピックアップしたTOP10は以下の通り…怪しいユーロ・ディスコ・ヒットはどこにも見当たらない。
いつもよりかなり奇妙なインタビューの趣旨に賛同してくれたグスタフに大きな感謝を。そして、ケイシー・ケイセム・スタイルのカウントダウンで彼のチョイスをお届けする。
10位 … Manowar “Kings of Metal”
OK、10位はキング・オブ・メタルのManowarだ。僕が聞いてきた彼らの曲は本当に素晴らしいんだ。ヘヴィー・ロックをあまり知らない人が最初に聞くにはぴったりの曲だと思うよ。とてもメロディアスだし、そんなに抵抗なくヘヴィー・ロックに入り込めるよ。
9位 … Twisted Sister “I Wanna Rock”
どのTOP10にも、いくつかのグラム・メタルが必要だ。これはいい曲だし、誰でもラジオで聞いたことがあると思う。気合いを入れやすい曲だよ!いい選択だね。
8位 … Black Sabbath “Sabbath Bloody Sabbath”
これはかなり長くて、何回か展開が変わる曲だ。ギーザー・バトラーの素晴らしいベースラインが聞ける、いい曲だよ。もしかすると、ちょっとだけヘヴィーかもしれないね!
Black Sabbathは僕が生まれる少し前から、スウェーデンでとても有名だったんだ。1980年代前半辺りは、メタル・ミュージックは本当に人気があったよ。その頃、僕はちょうど子供だったけどね。僕はそんなに歳はとってないよ!
7位 … Dio “Rock ‘n’ Roll Children”
Dioには多くの名曲があるんだ。「Holy Diver」のような、いい曲がたくさんね。彼(ロニー・ジェイムス・ディオ)はとてもメロディアスだ。― 僕は彼のメロディーをよく知っているから、僕が好きな全てのメタル・ミュージックを楽しんで聞くことができるよ。僕はライブで彼を見たことはないんだけど、僕の兄弟は見たことがあるんだ。彼は本当に素晴らしいミュージシャンだったよ。(これはロニー・ジェイムス・ディオが他界する前の話。)
僕はレコード・コレクターになりたいんだけど、いくつかの高額なレコードを見ちゃったり、いい音質で録音されたものを手に入れようとすると、なかなか難しいよ。僕は古い音の方が好きでね。絶対にMP3で聞くことはしないヤツなんだ…。MP3って音質が最悪だと思うよ。大抵のヘヴィー・メタルは本当によくない音質で録音されている。初期のいくつかは特にね。本当の「サウンド」を得るためには、高音質のフォーマットが必要だと思うんだ。

【PezCycling注釈】実際グスタフは、短いオフシーズン中のプロジェクトとして、彼自身のアンプとスピーカーを作り上げ、デジタルからアナログへの「変換」をしていた!

6位 … Helloween “Keeper of the Seven Keys”
本当に、これはとても長い曲だ。一曲を通して何度もテンポが変わるけど、常にメロディアスなままなんだ。Helloweenには素晴らしい曲がいくつかある。― 彼らはいいサウンドを持っているよ。
スウェーデンのとても小さい街、ゲムラに住んでいる時は、これらのバンドの多くを目のあたりにすることはなかったよ。Iron Maidenは見ることができたかもしれない、街に来た数少ないバンドのひとつだけど、もちろん僕はライブに行くことはできなかった。Dioも同じだ。― 彼がライブをしていた時、僕は遠くでレースをしていたんだ。
5位 … Ozzy Osbourne “Ultimate Sin”
これは本当によくできた曲だ。ドラムの激しい音と共に素晴らしいイントロで始まるんだ。トレーニングを始める気にさせてくれるよ。僕はBlack Sabbathのオジーより、ソロ・アーティストとしてのオジーの方がいいと思うんだ。おかしなのは、テレビ番組の中では、かなり怖いファミリーの中で、彼が奥さんの次に理性のある人物に見えることかな。
4位 … Halford “Made in Hell”
僕はロブ・ハルフォードがJudas Priestを脱退した後に彼が作ったバンドがすごく好きで、これはいい代表曲だ。みんなが普通に考えるメタル・ミュージックのように、特別速い曲ってワケじゃないんだけど…これには僕の好きなサウンドがあるんだ。自分の好きな曲を表現するのが常に簡単ってコトはないよね?そんな感覚だよ。
3位 … Metallica “… And Justice For All”
これは1980年代の終りに発表された名盤だ。僕はトレーニングの時にときどきこの曲を聞くよ。これもまた速い曲ではないけど、とてもヘヴィーな曲なんだ。もし、僕が誰かにMetallicaの曲を聞くためのアドバイスをするなら、「Kill ’Em All」や「Master of Puppets」のような初期のアルバムをオススメするね。彼らの曲の多くは、僕がトレーニングの時に聞いてるものさ。
トレーニング用の特定の曲はないんだ。実際のところ、休憩の間に音楽を聞いてる。長距離走る時とか、それに近い状況の時でもiPodは使ってないよ。冬の間は、ガレージにある特別なテストバイクの上で休憩するんだ。だから、ハードなトレーニングをしたい時のためにステレオをセットアップしてある。ヘッドフォンは使わないよ。― ボリュームを上げることができるからね!
ガレージは僕の住むアパートの向こうにあるから、近所の人には何も聞こえないよ。だから、好きなだけボリュームを上げられるんだ!近所の人に音が聞こえることはないけど、みんな僕がトレーニングしてるってことは知ってるよ!
ヴェロニカ(・アンドレアソン。グスタフのガールフレンドであり、自転車ロードレース選手。)はメタル・ミュージックに慣れたよ。彼女が好きな曲もいくつかあるんだ。ヴェロニカはトレーニングをしていない時にこの種の音楽を聞くことはないけど、僕らが一緒にトレーニングする時はメタル・ミュージックを聞いても大丈夫なんだ。
2位 … Iron Maiden “Two Minutes To Midnight”
さて、これもいい曲だ。Iron Maidenによる「Two Minutes To Midnight」はもちろん。これのPVも同じく素晴らしいよ。ブルース・ディッキンソンは今までで最高のロック・ヴォーカリストの一人だ。
メタル・ミュージックが人気のあった時代、僕はたくさんのものを見逃してきた。だけどそれは、僕が常にバンドを発掘できるってことでもあるんだ。
1位 … Judas Priest “Painkiller”
今のところ、トレーニングする時に何年も聞いているのはこのアルバムだ。素晴らしいアルバムなんだけど、この曲は特に…。本当にキツいトレーニングをする時、僕には「鎮痛剤」が必要だと思うから、この曲が好きなんだ。信じられないほど速いし、ギターとドラムが最高なんだ。これを聞くとアドレナリンが溢れる感じがするから、トレーニングする時に聞くにはピッタリの曲だよ!
僕は本当にクラシック・メタル・ミュージックが好きだ。でも、新しい音楽や、最先端の音楽も聞くよ!
我々とのインタビューに時間を割いてくれたグスタフに大きな感謝を。彼の最新情報はTwitter.com/gustavveronicaでチェックすることができる。

新城が日本人初の世界選手権トップ10入りをもたらす
別府も同じく、残り一周でトップ集団へ
新城幸也は日曜、ジーロングのムアアブール通りで9番目にゴールしたことにより、(UCI自転車ロードレース)世界選手権エリート男子のトップ10入りを果たした日本人初の選手となった。残り一周で、新城と同じ日本代表の別府史之もまた、新城をアシストして先頭集団に入っている。これは世界レベルで戦える自転車競技国の誕生であり、他のアジア諸国にとっても素晴らしい刺激となった。
「今回のようなコースは好きなんです」新城はゴールラインの上で、そうコメントした。「このコースを見た時、僕はうまくやれるって思いました。僕がラッキーだったのは、大きな逃げ集団が行った時、多くのチームがそれに乗ったので、僕たちはただ着いて行けばよかったこと。最後の上りでは僕は限界だったけど、最後のスプリントに向けて回復することができたし、すごいスプリンターは数える程しかいないってことに気づいたんです」
「僕はオスカル・フレイレ(スペイン)とマッティ・ブレシェル(デンマーク)に着いて行きました。日本がトップ10に入ったのは今回が初めてですが、これで終りではありません。来年また挑戦するためのいい励みになったと思います。次は9位よりも上を狙いますよ」
30位に終わった別府もまた、メルボルンで日本が見せた偉業に喜んだ。土井雪広は3人目の日本代表選手だが、日本チームの成功における彼の役割を果たした後、72位でゴールした。
「僕たち3人は自分たちのベストで終えることができたし、幸也と僕自身は最終的にトップ集団に入ることができました」と別府は語った。「僕たちはよく情報交換しました。僕が幸也に調子を聞くと、幸也はスプリントをしたいって答えたんです。幸也はいいポジションにつくことに、かなり自信をもっていました。僕にとって最後の上りはとてもきつかったけど、最後に幸也がいい位置につけるよう、全力でアシストしました」
「これは日本人選手達にとって悪くないことですよね?」と別府は続けた。「僕たちはここ5年の間に、かなりよくなってきているし、今回のレースで僕たちは世界中にいいアピールができたと思います。アンダー23のレースでは香港の選手もまた、アジア人がうまく戦えるってことを見せてくれました」
日本人選手達は現在、欧米のチームで需要が高まっている。世界選がスタートする数時間前、新城はEuropcarが、自身を今年ジロ・デ・イタリアとツール・ド・フランスに出場させたBboxブイグテレコムチームのスポンサーを引き継ぐというニュースを耳にした。新城はここ数日の間に、世界的に大きいチームのひとつからアプローチがあったと話したが、チームキャプテンのトーマス・ヴォクレールと同様に、プロになるチャンスを与えてくれたチームに忠実なままだろう。
不運なことに、彼は日曜の最初のステージで起きた技術的な問題にチャンスを奪われ、代わりに7番目のポジションへ進むことになった。
MikkoはRally Japanから帰宅し、Pirelli driver blog更新のために3回目、そして最後のblogをWRC.com送ってくれた。
Blog three: Wednesday 15 September, 0930hrs.
さて、blogを書き上げた日本での土曜の夜、僕は最高の気分だったんだけど、日曜は僕が期待したようには行かなかったよ。
僕は戦いに行くワクワク感で日曜をスタートした。いい順位にいたからね。Jarmoと僕は本当に全力の態勢で戦いに戻る心構えだった。そうしたら、最初のステージでマシンに何か不具合が起きていることを感じたんだ。
最初に気づいたのは、いつもと同じように速くギアチェンジをしてなかったってこと。それから、あたりまえのようにセンターデフが動かず、あらゆる所で少しアンダーブレーキが効いているのを感じたんだ。
だからそのステージの終りには、僕らがトラブルを抱えているってことは知っていた。だけど、その時は多分大丈夫だって思ってた。- 僕らならそれを直せるってね。確認するためにロードセクションでマシンを停めて、エンジニアのトムに電話したよ。
トムは何が問題なのかすぐに原因(油圧ポンプの破損)を突き止めたよ。彼の診断の通りだった。この場で僕らが修理することはできないって理解したんだ。その時点から、優先事項はこのラリーに勝つことよりも確実にゴールすることに変わった。
確かに僕はガッカリした。だけど、僕の最初の感覚を信用できなかったんだ。多分、僕らは優勝のために戦えたし、ここで勝負が終わってしまったなんて信じることができなかった。とは言っても、もうどうしようもないし、こんなことも起きるんだって理解しないとね。OK、今年の僕らはうまくいかないことがたくさんあった気がするけど、たまにはそういうこともあるさ。
サービスパークに戻った時、もちろんチームのみんなも同じようにガッカリしていたよ。今回は僕にできることは何もなかったけど、そうじゃない時だってあるんだ。ときどき僕は失敗するし、ときどき僕らはマシンに問題を抱えることもある。それもゲームの一部だ。もちろん、謝罪なんて待ってないよ。
Jari-Mattiのいい結果のおかげで、チームの雰囲気はポジティブなままだった。僕らが可能だと思っていた1位か2位に入ることを考えられないのはつらいけど、長い間クヨクヨすることはなかったよ。その日の午後、僕らは来年のラリーと計画について話し合うために長いミーティングをしたんだ。
日曜の夜は静かなものだった。Jarmoと僕は夕食に出かけて、少しビールを飲んでから早めに寝たよ。僕らは朝一番には空港にいた。日本から帰る飛行機の中では何とか起きていることができたから、時差ボケはそんなにひどくなかったよ。今週はあまり多くの予定は入れなかったんだ。Rallye de Franceの準備を始める前に、軽くトレーニングして、リラックスして、いい時間が過ごせそうだ。
今、Rally Japanを振り返ってみると、日曜のPetterとSebastien(Ogier)との勝負には勝てたはずだって、僕はまだ信じているよ。だけど、言い訳はたくさんあるんだ。一番いいのは、これからのイベントのことと、どうやったら僕が勝つチャンスを作れるかについて、もっと考えることだね。
Mikko
Mikkoは土曜の夜に2つめのblogをthe Pirelli driver blogにアップした。彼は来週、Rally Japanのレビューを届けてくれる予定だ。
Blog two: Saturday 11 September, 1930hrs.
さて、僕は寿司を作った木曜の午後から約250kmを走った。今は土曜の夜、6回目の札幌のSSSを走り終えて、熱狂的なファンたちの待つ日本の田園風景の中に出たところだ。
僕らは今夜、素晴らしいことに2位まで順位を戻したんだけど、前にはたった3.7秒差でP.Solbergが、後には1.7秒差でOgierがいる。Jari-Mattiは残念なことに午後のSS15でドライブシャフトを壊してしまった。彼は本当にいいラリーをしていたのに。簡単なことじゃないけど、彼なら表彰台圏内に返り咲けると思うよ。
僕にとっては、見事なくらい全てが計画通りに進んでるよ。「魔力」が戻ってきたような感じだ。すごく好きな国の素晴らしいグラベルラリーで、僕は生まれ変わったような気分さ!正直言うと、昨夜は2位になることが僕の目標だったんだけど、おかしな感じがしたんだ。
こんなに調子がいい日は久しぶりだし、1日の終りのプレスカンファレンスに出るようなことを完全に忘れていたんだ。でも心配はいらないよ。ちゃんと気づいて、時間には間に合ったから…。
いくつか遅いスタートがあった後、僕らは明日、5:00amに起きなくちゃならない。だから、朝一番に必要なものはコーヒーだ。僕は全く朝型人間じゃないし、スタートが早い時はラリーカーの中でJarmoと僕がそんなに会話することはないんだ。昔は最初のステージのスタートに向かう時でも、僕らの中をアドレナリンが走り抜けてたけど、もう忘れちゃったよ!
今週、他の日の朝がそうだったように、日本のファンたちは間違いなくサービスパークに入るための行列を作っているよ。それが暗闇の中だってね。彼らの熱意は本物だし、ラリーを心から愛してくれている。
さあ、僕らは戦いに戻るよ。まだ55km残っているんだ。ホテルに戻る時間だ。明日のために、レッキのビデオを見ながらJarmoとペースノートをチェックしないと。火曜日、一旦家に帰ったら、またblogを書くよ。とりあえず、僕らの幸運を祈ってよ。今、僕に言えることは -「かかってきな!」
Mikko
Rallye Deutschlandのターマックステージで苦戦した後、Mikko Hirvonenは自身が得意とする日本のグラベルロードに戻ってきた。Mikkoは2007年と2008年にこのイベントで優勝を果たしている。
Mikkoは木曜のシェイクダウンの後、この最初のblogを寄せた。彼は土曜の夜とイベント後の来週、さらにblogを送ってくれることになっている。
Blog one: Thursday 9 September, 1600hrs.
僕はこの国がとても好きだ。人々、食べ物、文化 - この国の全てがすごく好きだ。Jarmoと僕は北海道へ行く途中、東京で1日過ごすことに決めた。僕らが成田空港に着いた時、その気温が信じられなかったよ。35度以上あって、湿気がものすごかった。多分、直接札幌に向かった方がよかったんだろうけど、計画を立て直すにはもう遅かったよ。
まず行ったのは、映画「ロスト・イン・トランスレーション」が撮影されたパークハイアット東京。そこには最高の眺めの、素晴らしいバーがあったよ。その次はオススメだっていう六本木の鉄板焼き屋に行った。僕は和食が世界で一番と思っているんだけど、これは僕が日本に来て味わった料理の中でも最高のものだったよ。
2008年の後から今年まで、札幌を訪れる機会が全くなかったけど、ここは素晴らしい街だ。東京ほど大きくはないけど、少なくとも北に向かうから気温は下がるし、湿度もそんなに高くない。
今朝のシェイクダウンはうまくいったよ。僕らが走ったのは、今夜のRally Japanの開幕でも使うことになっている札幌のSSSだ。代表的なステージではないから、そんなに何回も走ることはなかった。
午後はウィルソン、ソルドと一緒に寿司の作り方を教えてもらったんだ。かなりおもしろかったよ。僕が料理上手じゃないのは認めるけど、彼らが45分かけて炊いた寿司飯が、どうしてこんなにモチモチしてるのかわからないよ!家に帰ったら試してみよう。
日本のファンには本当に驚かされるよ。レッキの時、僕らが道端に止まってミックのinfamous meatballを食べてる時だって、彼らは会いに来るんだ。午後はサービスパークで観客のためにサインを書いた。そこにはとても多くの人がいたよ。ファン達はプレゼントを持ってきてくれたり、おかしなカッコでドレスアップしてきたり、僕らと会話ができるようにフィンランド語を覚えてきたりするんだ。日本のファンには感心させられるよ!
Rally Japanは僕のお気に入りのイベントのひとつだから、スタートするのが待ちきれない。
僕らは頑張るよ。じゃ、また週末。
Mikko